2010/01/18

さよならSOHO

 SOHOのオフィスからさよならした。
しばらくブルックリンからSOHOへ通勤(?!)していたけれど、ブルックリンでちょっと広めのアパートへ引っ越しをしたので、今度は自宅でお仕事開始だ。
それにしても、オフィス分の家賃が浮いて、うれしい〜。









クリックで救える命がある。

今日の「ありがとうございます」を言いたい!写真家・タクマクニヒロ氏

NYでスピリチュアルカウンセラーとして活躍後、現在は結婚をしてメリーランド在住のさとみさんという人がいる。

5年近く前に友人から彼女を紹介され、私の離婚劇もすべて見届けてくれていた人であり、つらいときに電話口で泣き言を聞いてくれた大切な友人の一人だ。さとみさん、ありがとうございます。
そのさとみさんと電話で話した際、突然、「あなた、ようやく抜けたわねえ。何年かかった?二年?」と言う。
確かに、もうどうしたらいいかわからないと泣きながらさとみさんに電話し、相談に乗ってもらった日のことを振り返ると、この1年はとても落ち着いている。
何かから、抜けたのだろうか。

3年前の別居を経て離婚、それが落ち着くまでの2年間というのは、なんだか色々な感情が渦巻いて、地に足がついていなかった。
また、特に外国で一人になる、というのはまた特別に寂しい思いが募る。こういうとき、家族がいてくれたら本当にいいのにと何度思ったか。そして、何度、罪悪感と孤独感に耐えられず、床の上にうずくまって泣いたかわからない。
だけど、私はニューヨークに住む、という決断をした。もうずっと前から。
おもしろいのは、離婚をしたのに、なぜまだあなたはニューヨークにいるの?という質問が少なくなかったことだ。
それは、私が結婚のためにニューヨークへ来たのではなく、ニューヨークに住むと思っていたら、結婚した相手がニューヨークの人だったからで、別れたからって帰る理由なんて、全然ないのだ。

このブログで離婚のことばかり書いても仕方ないし、世の中にはもっと大変のことがたくさんある。でも、もし、今、同じような経験をしている人がいたら何かの励みになってくれたらいいなという、私の勝手な思いでつらつらと綴っている。

悲しいとき、つらいとき、いろいろな人がいろいろな方法で自分の前に現れ、気づきとなる言葉や行動を見せてくれ、そしてそれを自分で消化して納得し、前に進んで行けたらいいなと思う。そして、誰にだって、そういう現象は目の前にやってくるのだと確信している。それは家族、友人、師などはもちろんのこと、もしかしたら電車の吊り広告の一文かもしれないし、テレビから流れてくる言葉かもしれないし、音楽かもしれないし、本での一行かもしれないし、インターネットでの一文かもしれない。

この場を借りて、つらいときに手を貸してくれた大切な人たち、言葉に、宇宙に、私はお礼を言いたい。
本当に、ありがとうございます。

そして、今日は、写真家のタクマクニヒロさんへ、心から「ありがとうございます」、とお伝えしたい。

何がきっかけかはわからないが彼のダイアリーをあるときから読み始め、とても勇気づけられたのでお礼がしたくなった。また、広告や雑誌などで活躍している超多忙なタクマクニヒロというフォトグラファーが、どうしてブログでわざわざこんな良い言葉を綴っているのだろうと不思議で仕方なかった。
そのとき私はちょうど人生の岐路に立ち、かなり追い込まれた状況にいたので、そのことをちらっとメールに書くと、以下のような内容のメールを返していただいた。

僕も辛いことや人生の岐路に立ったことは何度もあります。
そんな時は、今生の自分の人生の脚本を書いたのは生まれる前の自分なんだから、「自分が自分にとって悪い脚本を書くわけがないジャン!!」と思って日々を過ごします(笑)
そして、どんな時にもこんな経験をさせてもらって「ありがとう」って、脚本を書いた自分に言ってます(笑)
それでは、今年もキープスマイルで!!
笑う角には福来るです!!

タクマクニヒロ


そっかあ、と妙に納得した。
そしてある晩、仕事を終え、重い機材を持ちながらアパートの重いドアを開き、そして郵便受けを開けると郵便物が届いており、封筒の中には、な、な、な、なんとこの本が入っていたのだ!





メールで人生相談まで受けて、その上こんな素敵な写真集まで送ってくる、このタクマって人は一体何者なのか?!?!?!

ページをめくっていくうちに、写真と言葉に心が揺れて、涙がたくさん溢れてきた。

このタクマさんのやさしさに、 今はつらいけれど(といっても屋根つきの家に住めて、食べるものだってある。友達もいる、健康な体がある、それだけで幸せだとそのときは思えないのだ。勝手なことに)、乗り越えられるかもしれない、と思えた。
この本を受け取ったとき、私はあまりに驚愕し、部屋へは戻らず、写真集を手に泣きながら近所をぶらぶらと歩いてみた。
すると、なんとなくいつもの景色すら変わって見えたのだ。
そのことをタクマさんへお伝えすると、またこういうメールがきた。

詩乃さんへ
泣く程喜んでくれるとは思っていませんでした(笑)
プレゼントした甲斐がありますよ!!
詩乃さんのお礼メールのお陰で、僕の心の中に光が差し込みましたよ!!
ありがとう!!
あなたは、「タクマクニヒロの心の中に光が差し込む」という、とってもステキことをしたんですよ(笑)

それでは、明日もキープスマイルで!!
タクマクニヒロ



「・・・・・」
なんだこの人・・・。

逆にお礼を言われてしまった・・・。

フォトグラファー・タクマクニヒロ氏
http://www.k-takuma.com/


タクマさん、タクマさんのおかげで、私はニコニコするようになりましたよ〜。
ありがとうございました。
そして、タクマさんから受け取ったバトンを、私も次の人へ渡していきます。



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2009/12/31

今年もお世話になりました。

今年もお世話になりまして、ありがとうございました。
みなさまにとって来年が素晴らしい一年となりますように。

詩乃





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2009/12/21

日本語勉強中

NYへ戻ってきたら、キッチンの引き出しにこんな紙が貼ってあった。
デショーンくん、ただいま日本語勉強中。


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2009/12/13

里帰りー東京へ

10月の終わりから東京の実家へ3週間ほど帰省した。
両親がやっと引退し、過酷な自営業から抜け出したので、わたしは三十路半ばにして、はじめて両親とゆっくりと時間を過ごすという経験をした。



それまで、一度もこんなのんびりとした空気を感じたことはなかった。
本当に、ただの一度も。
たとえ家族で一泊だけの温泉旅行へ出かけても、ホテルで優雅な食事をしても(滅多になかったが)、彼らの頭には常に商売のことがあり、また家で家族団欒しているときも、常に電話が鳴り止ないこともたびたびあった。

私からすると大学まで出してもらい、こんな不良娘を今でも親として見守っていてくれる彼らの存在に、感謝してもしきれない気持ちがあるが、両親の長年に渡る緊張感/緊迫感はもちろん子供にも伝わり、そういうことが、親にとって申し訳なかったのだと思う。

たまに手紙で感謝の気持ちを綴っても、両親、特に父親は「俺は君に感謝されるようなことは何一つしてこなかったのになあ」と焼酎を片手につぶやいているそうだ(母談)。

そんな父が、娘に何かしてやりたいと思ってか、「おい、今度の土曜日は何してるんだ?」と聞いてきた。「別になにも」と答えると、「じゃあバイクで神社仏閣巡りに連れてってやる」と父。
負け犬にさらに追い打ちをかけるようなこの提案・・・。
もちろん断れるはずもなく、父の運転するバイクでお墓参りをすることになった。




まずはお台場で深呼吸。


そのあと日暮里のお墓参り。
なんとこのあと、おばさんや父の友人を含めお墓を3カ所回った。


ほぼ日刊イトイ新聞が数年前までここで事務所をかまえていました。





ちょうど七五三の時期だったので、たくさんの人たちで賑わっていた。
犬の七五三。
(深川の富岡八幡宮で)
そういえば、3歳の七五三が私の最初の記憶だ。


境内では骨董市が開かれていた。






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